IE9ピン留め

つぶらかな嘘発見器冬の月  

2012年 01月 19日
1月って、まだ、ゆっくり時が過ぎているような気がする。

それでも、習い事に忙しく、あっちこっちに不義理をしてしまっている。

「カルチャーおばさん」になるつもりはなかったのだけど、なんていいましょうか、
使われなくなった(ナンのだ?笑)エネルギーをもてあましているっていうのは、あるかもしれませんねぇ(ほてり汗。。)

まずは怪しいネーミングのヨガ、ルーシー・ダットン。
始めてちょうど一年。
「気どった仙人のポーズ」もキメれるようになった。

なに気取ってんねん?ってつっこまれても、動じないくらい、いっしょに習っているのは、最強のうら若きべっぴんさん揃いなのだ。

次は、朗読、ドラマチックボイスの方の。
わたしに与えられた次なる課題は、「余裕を持った明るさ」。
不気味でもなく、セクシーでもなく、上から目線でもなく、あくまで、明るく読んで、でも、あとから、なんか怪しいと思われるような演目にしてください。とのこと。

これまたハードルの高いことを要求された。
「この世のモノとは思えないような役に挑戦したい」と去年抱負を語ったせいか。

そして、俳句。
今年初の句会に出席。
自信作は採られず、力を抜いた作品が評価されたり、毎回ええっと驚く発見がある。

そして二次会。今回も初対面の方々と飲んだが、ディープな話になった。
曰く「俳句はマゾヒスティックでないとやってられない」

そりゃそうね、17音の中に何を盛り込むか、何を削るか、ああでもないこうでもないと
逡巡したあげく、句会でばしっと評価が決まる。
一発ヒットを放っても、それは今回のみ。
次なるお題が出されて、また苦行が始まる・・・
これをヨロコビと感じないとやってられないのだ。

今回採っていただいた拙句が物議をかもした。

つぶらかな嘘発見器冬の月  独楽

冬の月は嘘発見器のような気がするっていう意味を込めたつもりだったが、だとすれば、

凍月はつぶらかな嘘発見器
とするべきなんだそう。

でもなんだか座りが悪いな。

冬の月の光の作用で、地上にまあるい嘘発見器を映し出している・・・
なんていう情景のほうがいいな。

いずれにしても、さえざえとした冬の月のもとでは、嘘がつけない気がします。

写真は、嘘発見器ではなく、本日より使い始めたペーパー状の卓上加湿器。
邪悪なものも吸ってくれそうな形状です。

# by comaiscoming | 2012-01-19 23:38 | 悟り | Trackback | Comments(0)

ヘタ?ベタ?ううん、今年はメタで!  

2012年 01月 13日
チャンスの前髪をつかめ。

今年の目標はそれにするか、と思ったけど、前髪を切ってしまいました。
とってもキュートになりました。(自賛)
会社に行ったら、「もしかして、ズラ?!」と言われてしまいましたが。

今年こそはズラをかぶらずに一年を全うできるかしらん(笑)

去年の終わりから、「げろきょ」のワークショップに通っています。

げろきょ?
実はNPO法人「現代朗読協会」の略。
こんなに硬い名称だけど、実は「げろきょ」っていうファンキーなネーミングの方がぴったりな「ことばとからだを考える」前衛的な活動を行っているところです。

そこで「メタ認知」って言葉を知りました。
俳句の世界でも、ツイッターでフォローしている茂木健一郎さんも「メタ」って言葉を最近使っていて、なにやら気になります。

ちなみにメタボリックシンドロームとは違います。
あのメタボリックとは代謝の意味で、代謝異常の人をメタボというのですね。

では、こっちのメタとはなんぞや?
調べたところ、インターネットのホームページは、HTML言語で書かれています。で、それがメタ。
では、HTML言語は何語で書かれているか?英語ですね。で、それがメタ。

うーん、わかったような、わからないような。

自分は今日怒っている。なんでか?家族に冷たくされたからだ。やさしくされかったのだ。
なんでだ?仕事がうまくいっていないからだ。
等々、タマネギの皮を剥くかのごとく、どんどん客観的に物事を考えていくことがメタなんだそうです。

げろきょのワークショップでは、このメタ認知的な気づきに焦点を当てます。

ある朗読作品のイメージを絵に描くという宿題なんかも出ます。
わたしは絵が苦手なので、古いカレンダーとシールを使って、コラージュ作品を作ってみました。
じょうずなことを求められず、自由な発想OKなのです。

この間はちょっとおもしろい試みをしました。

ひとりひとりが朗読して、その人の読んだイメージを食べ物で例えてみる連想感想です。

でね、わたしの朗読のイメージは、Aさんによるとコースのフランス料理(うんうん、きれいじゃない)
Bさんによると、ほかほかの焼き芋(げっ、胸に詰まっていちばん苦手なんですけど)
Cさんによると、マグロの塊(なんなんだ、このナマ感は)
Dさんによると、ハスカップの鋭利に切り分けたパイ(そういう酸っぱい果物があるそうで、決して丸いパイではないというやけに具体的な描写。。)

このバラバラな印象はなんでしょう。
わたしがまったく内容を自分のモノにせずに読んだからですね。

このワークショップのメンバーでメタ的な朗読を来月2月に行います。

聴いた方はどんな食べ物を思い浮かべるのでしょうか。

# by comaiscoming | 2012-01-13 23:25 | 叫び | Trackback | Comments(0)

鳴き龍は笑ふ2012年  

2012年 01月 07日
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

ええっもう七草粥!
1週間前の30日には、忘年会をしていたというのに。

ざっと振り返ってみよう。
30日 中掃除の後、親族恒例毒舌激辛忘年会@タイ料理屋。
忘年会にタイ料理を食べているのは、タイ人と我が家だけであろう。
今回は従姉の友人という部外者スペシャルゲストが出席したが、我々のカプサイシン100%の毒舌ぶりに舌を火傷していた。世の中の家族団らんってそんなにお上品なのかしら。

大晦日 紅白鑑賞。Karaと少女時代のオミアシにオヤジのように食い入った。韓流ダンスのクオリティの高さ。でも歌はAKB48の方が勝っている。
とここで、なぜか、我が姉と我が母の免許証が部分ズラ装着写真だということが判明!
姉はまるで女装のオネエのようだし、母は森進一(森進一も絶対ズラだよね)にそっくり。
爆笑納め。

元旦 初映画鑑賞「源氏物語」。紫式部の藤原道真への思いが書かせたっていう解釈はなるほどね。田舎の映画館は6人しかいなかった。

初夢 ほかほか弁当を買いに行って、家にもどってきたら、白米をもらうのを忘れたことに気づき焦るって、去年、解脱宣言をした人が見る夢か。とほほ。

2日 初詣。この寺には鳴き龍が天井に描かれ、手を叩くと龍が鳴く。
今年は辰年なので、よく鳴いてくれた。

3日 散歩がてら立ち寄った博物館にて!おみくじを引く。
願望・・かなうまでには時間がかかる。
待人・・すぐに来ずともあせるな。
「吉」ってなんてつまんないんでしょう。

4日 東京にもどって、またもや初詣。
於岩稲荷神社 ここはおみくじではなく、自分でお言葉を選べるってのがいい。
今年のお言葉は「美しき人柱になって、花咲きかおる」
田宮家のご住職に「ひとのために尽くしなさいってことですよ」とまたお言葉をいただいたが、わたしが最もできていないこと。戒めの言葉ね。

初買 あれやこれや買って散財。今年の大物買いはcamperのショートブーツ。
バーゲンでないと手が出なかったが、噂どおりの履き心地。毎日全身を支えてくれるから
めっけもの。

そんなわけで、去年とほぼ同じ行程をクリア。
あたりまえのことを変わらずにできたのは、そうでないこともあると知った身には奇跡だ。

やおろずの神様、今年もどうぞよろしくお願いします。

そうだ、今年の目標・・・それは次回あらためて。

皆様にとって、しみじみと笑える年になりますように。


写真:京都 建仁寺「双龍図」

# by comaiscoming | 2012-01-07 00:03 | 叫び | Trackback | Comments(2)

ついに解脱か、さらば2011年  

2011年 12月 28日
そうだ、京都に行こう。

このJRの宣伝文句って名コピーだ。
京都の磁力を端的に表している。

そのとおり思い立って、この間の三連休に旅に出た。
期待以上に京都はクリスマス色ゼロ。
さすが、一見さんお断りの町だ。

キリストさん、そんなひとよう知りまへん。
えらい。

夏まで節電を呼びかけていたのに、冬になったら電飾だらけの節操のない東京とは大違い。
京都の夜はびっくりするほど暗い。今も昔も。貫いている。

そんなわけで、クリスマスに禅寺を中心に寺巡りにいそしんだ。
建仁寺、金地院、南禅寺、銀閣寺、高台寺、等持院。

ほんとうは、禅寺に行かずとも、今年は悟りを開いてしまった。

今までも何回も悟りを開いたと言ってきたけど、今度こそ、ほんもの!だと思っている。
個人的になにがあったわけじゃない。

表面的にはなにも変わっちゃいないが、秋ごろだったかな、ある朝起きたら、今まで赤く見えていたものが白く見えて、白く見えていたものが赤く見えるようになった・・・ってかんじなのよ。

今年からヨガを始めたせいもあるのか、肩甲骨がよく動くようになって、おかげで、背中がすごく軽くなった。
長年背中に憑りついていた?ツキモノがすとんと落ちたかんじ。
ひゃー。もうなにもない。

もっとも禅の教えによると、「放下著(ほうげじゃく)」といって、「なにもないというその心が残ったらいかん。それも捨てよ。何もないというその心を捨てなされ。」っていうから、
こうやって、悟りを開いたと宣言すること自体、まだまだスケベ心が残っていることなのかもしれん。

もっと俗っぽい例えで言うならば、去年まで穿いていたローライズぎみのジーンズの腰回りに妙に違和感を覚え、落ち着かなくなった。

ババシャツに深穿きパンツ。なんて心地よいことか。
年を取ったせいではないと思いたい。

若いコだって、下着はヒートテックで、シャツはズボンに入れるのが旬ではないか。
そういう時代になったのだ。

自分だけ悟りを開いたと思っても、いつのまにか、時代の流れと共に変化しているということ
なのか。

今年は皆、各人それぞれ、なんらかの変化を感じる年だったことでしょう。

決して忘れることのない2011年をいまいちど抱擁しつつ、
どなた様もどうぞ良いお年をお迎えください。

# by comaiscoming | 2011-12-28 23:40 | 悟り | Trackback | Comments(0)